サバイブのこと(10)

過食はあっさり止まった。しかし過食を止めたのと入れ替わるように、その頃から体が思い切り不健康になった。
過食で体がボロボロになっていたからか職種がディスプレイにらめっこ系だったからかは解らないが、肩こりと頭痛と眩暈と吐き気に悩まされるようになった。不調の記憶をクローズアップしてみよう。
末梢神経が圧迫されるのを改善するという薬は最初は効いたがすぐに効かなくなった。小さい頃から鼻通りが悪かったのでそのせいかもと思い漢方を試した。そのうち漢方なしでは頭が重くて仕方がなくなった。痛み止めは効いたり効かなかったりで不安だった。鍼、按摩、凝り部分の血抜き、磁気、何でも試したが、どれも止められなくなってなおかつどんどん調子を崩していくのを止められなかった。


仕事中机に向かっているとき私はいつも白だの肌色だのの湿布を首と肩に付けて刺激臭を放ち「すごい湿布ですね〓」など声を掛けられたりしていた。休日は月2回くらい母の買い物に付き合ったり、そのほかは恋人と散歩したりして過ごした。恋人にはいつも「私の調子が良いか悪いか」を基準にさせてしまったが。冷えが大敵なのでクーラーがあたる場所などに行くと恋人は私の首にずっと手を当てたりしなければならなかった。


これだけ対策に励んでお金も時間も使っているのに肩が強張り頭痛が止まらず結局吐いてばかりいるのは何故なんだろう、とずっと自分が恨めしかった。整形外科にも行ったが即効性の筋肉の緊張を解く薬、とかいうのが効くなあということが判っただけで、原因は曖昧だったし肩が辛いのを考えなければ健康体なのだそうだ。速く効くけど病院はひどく待たされて待合室のベンチシートで真っ青になって横になったりしてしまうのが恥ずかしくて非常時でもあまり行かなかった。しかも薬を飲むのは処方されたその時じゃなくて家に帰ってからだったし。


身体を鍛えたり姿勢を正したり毎日の生活に少しずつエネルギーを取り戻していけばいいのだろうが、今出ている症状への穴埋め作業にばかりエネルギーは注ぎ込まれていた。なぜかいつも赤字を出す身体だった。大きい出費の原因は何かと考えると、それは一旦調子を崩してそれを改善せず雪だるま式に大きくしてしまった自分だと思った。もう自分の身体は手遅れなのかもしれない、私は自分をコントロールすることに失敗した、と思った。


そのうち母親と一泊の観劇旅行に出かける機会があったので出かけた。劇を見る前から体調がなんとなく怪しかったが、観劇が終わったあと、私は史上最大ともいえる頭痛眩暈吐き気に襲われた。ホテルで一晩苦しみ、抜け殻のようになって住んでる町の駅に戻り着いた。駅には父親が車で迎えに来てくれていた。母が「ぐみは昨夜体調を崩して今も具合が悪いのよ」と説明すると父は「なんでなんだ!」と不機嫌になった。不機嫌になられても困るよ。ごめんなさいまだ吐き気がするから車内でオエとかいう前に速やかに私をアパートに帰してください。たのんます。


で、さすがに私は親と接触を持つと不調になるのかな?なんて考えた。

そういや湿布まみれで父の前に姿を見せると『お前年頃の女のくせにそのだらしなさは何だ!』と因縁つけられたりもしていた。それに対して私は女らしくないというのを一種の賛辞のように受け取りつつ『そう?でも肩こりひどくてさエヘヘ』とそうとう阿呆な受け答えをしいた。