サバイブのこと(6)

大学に通い始めて私は劇的に変わった。
前回「意思も、力も、金も、家族も、自分の体も、なーんも大切にしているものが無い」と自覚したと書いたが、そこから180°方向転換してやたらと何でも大切にするようになった。いや、そのときの行動がすべて「大切にする」ことに繋がったわけではないので、正確には「何でも大切にしなければならない」という強迫観念を持つようになった、というほうが正しい。今までの価値観を疑い、どの味覚も白紙にして、とりあえず全部口に入れてみた時期。*1


サークルに入った。ダイエットをした。友達を作った。街を歩き倒した。アルバイトをした。買い物をした。酒を覚えた。他にもいろいろ。なんでも懸命にやったが、学業は疎かだった。
入ったサークルは男子が多くて女子が少ない文科系のものだった。私は同科生に誘われてなんとなく見学に行き、そのサークル室に足を踏み入れて最初に出会った先輩に一目ぼれをし、入部することにした。あれはめったに経験することのない椿事だったと今でも思っている。


一目ぼれもして俄然鼻息荒くなった私だが、それでなくてもそのサークルに通うのは楽しかった。私は父と兄以外の男性とまともに喋るのは初めてだったが、付き合えば付き合うほど彼らは父や兄と全然違うということが確認されてゆくのである。サークルの男子をつぶさに見ていると、
「私が性虐待を受けたのは兄の性によるものでも嗜好によるものでもなく、兄の怠惰によるものだ」
「父が家族に横暴なのは父の性のせいでも父が稼ぎ主であるせいでもなく、父の虚栄によるものだ」
ということがバッチリ解っちゃうのだ。これはもの凄い快感だったので、私は貪欲さ丸出しにして彼らを質問攻めにした。


(快感を追い求めて他人に貪欲というのは下手すると兄の二の舞だが、皆自分のことに精一杯な年頃で、役に立つかわからないような問答が夜通し続くのは日常茶飯事だった。だから私のほうも貪欲さを出したのである。誰でも手探りで不安なんだということもこの付き合いで知った。)


彼らにも私にも怠惰や虚栄はありはしたが、私の兄や父のようにそれらを拗らせて暴力や支配を求める人間はいなかった。各々の意思の力もあっただろうが、学生(子供)という身分が能天気だからとか理不尽な上下関係で支配された経験がないなどの、育ちの部分も無関係とはいえない。だから将来も拗らせずに済むとは限らない。私たちは揃って世間知らずで、その状態で成人となった。

*1:白紙な人間だと悟られると悪用されるので、知らないものを口にするときは警戒を強めるか、隠れて食うべし。善人の前でも仲間の前でも。