ママの価値

頭では世間一般の母親業(出産など)にそんなにたいそうなイメージを持っていたわけではない。
実生活で、私には自分が「守ってもらう」という事への嫌悪感がある。誰かが誰かを「守る」と口に出した途端、守る宣言をした側の“思い入れ”(或いはプレッシャー)が守られる側の自我を壊す、という経験をイヤというほどしてきたからである。例)実家の親

そうありながらも、実の母親とはかけ離れた存在の「架空のママ」を心に抱いていた自分である。最も恐ろしい部分は、自分が虐待を受けたとき守ってもらえなかったという無念を、その架空のママに託し、依存し続けた所である。
架空のママは実体がないため一見何の得も害もないようだが、私の誇りを奪う(、とまではいかなくても惑わせる)存在と化していたようである。

ママはママ自身の身を守ってくださいよ。(私の実の母親へ最も言いたい言葉だ。)(すでに手紙では言ったが、伝わったかどうか微妙だ)